日本を代表するファッションブランド
世界で活躍し名前を轟かせている日本人は沢山いますが、その中でもファッション業界に特化した場合、一体だれが大きな影響力を持っているという印象がありますか?
下記の画像は左から「ヨウジヤマモト」の創設者・山本耀司、「コムデギャルソン」の創設者・川久保玲、「ISSEY MIYAKE」の創設者・三宅一生です。誰しも一度は耳にしたことのあるブランドではないでしょうか。
実は、日本人が生み出してその名が世界に知れ渡っているファッションブランドは数多く存在しています。彼らはファッションの本場で開催されるパリコレにも参加しており、洗練された独創性のあるデザインはどの世代が身に着けても、カッコよく美しくまとまります。
これらのファッションブランドとは一味違う、日本で初めて"高級ストリートファッション"というジャンルを生み出したのがNIGO(ニゴー)こと長尾智明。
本記事では、猿のロゴが印象的な「A Bathing Ape」、通称「BAPE(ベイプ)」の生みの親でもあり音楽プロデューサーでもあるNIGO氏にフィーチャーし、徹底深掘りしてまいります!
NIGO(二ゴー)とは
ストリートファッションのジャンルで世界的に大きな影響力を持つ日本人デザイナーと言えば、NIGO(ニゴー)が挙げられます。そんな彼の本名は長尾智明(ながおともあき)、群馬県出身のA型です。
本名ではなくNIGOの名で活動しており、その活動名の由来はファッションデザイナーである「藤原ヒロシ」に顔が似ていたことから「藤原ヒロシ2号」と呼ばれるようになり、そのうち「2号=ニゴー=NIGO」となりました。
NIGOの活躍はファッションプロデュースだけに留まらず、DJや、音楽プロデューサーとしても積極的に活動。また、ファッションの名門・文化服装学院卒の経歴を持ちます。

世界的ブランド誕生の瞬間
1993年、友人でUNDERCOVERのデザイナーである高橋盾(たかはしじゅん)と共に「NOWHERE」というアパレルセレクトショップを設立。
当初は買い付けなどを行いセレクトショップとして店舗運営していましたが、周辺で同様の店が増えてきたことからオリジナル商品をデザインするファッションブランドの制作を開始しました。
これこそが、ファッションブランド「A BATHING APE」誕生の瞬間です。そこからNIGOの活躍は国内外へその名を轟かせることに……!
90年代「原宿通り」の南北に伸びたエリア周辺は、賃料の安さから新進気鋭の若いデザイナーが集結し店を構え、「GOODENOUGH」や「UNDERCOVER」などの高級ストリートファッションブランドの店が集まるようになりました。
それらのブランドは竹下通りにある表の原宿と対比され、裏原宿系と呼ばれ今でも多くのファッション愛好家で日々賑わっています。

A BATHING APE
数ある裏原宿系ブランドの先駆けでもある「A BATHING APE」の人気は群を抜き、猿のキャラクターをデザインしたTシャツなどのグッズは一大ブームとなりました。オリジナリティーのあるデザインが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。
そんな「A BATHING APE」ですが、正式には「A BATHING APE IN LUKEWARM WATER」というブランド名で、日本語訳すると「ぬるま湯に浸った猿」という意味。
デザイナーのNIGOが映画「猿の惑星」に魅せられたのが始まりですが、名前自体は設立当初より関わっているSKATE THINGが「因果鉄道の旅」という一冊の本中に登場する温泉につかった猿の挿絵にインスピレーションを得たと言われています。
また「A BATHING APE」の略語であるBAPE(ベイプ)は呼称や服のデザインに用いられています。
その他にもトレードマークの猿顔のアイコン(エイプヘッド)やアニメ調にデフォルメされたmilo(マイロ)とよばれるブランドキャラクターもあり、男女を問わず幅広い年代層へとアプローチしています。
需要に対して供給できる量が限られていたため、人気が過熱していた時期には新作商品を入手することは非常に困難とされていました。その人気ゆえにコピー品などが多数出回ってしまった時期もあったようです。
ブランドからの独立
裏原宿系ブランドの代表的存在へと上り詰めた「A BATHING APE」ですが、ブランド創設者NIGOは代表取締役を2009年に退任し独立。
以降はフリーで様々な活動に積極的に取り組むようになり、2013年には今や世界的に有名な「ユニクロ」のオリジナルTシャツブランド”UT”のクリエティブディレクターへと就任しました。
これまであったUTのコンセプトを一新し、NIGOの経験を活かした「これぞTシャツ」と感じてもらえるようなデザインをニューモデルとして提案、沢山の人に受け入れられるよう作り上げていく事を目標に新たなプロジェクトとして始動しました。

2016年にはUTの新デザインとして自身の友人でもあるNY在住のアーティスト「KAWS(カウズ)」とのコラボを発表。
シンプルでベーシックなイメージの強かったユニクロに、ストリートファッションのテイストを取り入れることで、これまでになかった新しいジャンルが増えたと言えるのではないでしょうか。
また2014年では「アディダス・オリジナルズ」と契約を長期締結し、「アディダス・オリジナルス・バイ・ニゴー」の名で新しいコレクションラインをスタート。
同年に「ユナイテッドアローズ」とコラボレーションし「NIGOLD® by UNITED ARROWS」の名のスーツをメイン商品としたブランドラインも始動し様々な場面でNIGOの活躍を見ることが出来るようになりました。
ファッション以外の一面
このように、NIGOの才能は「A BATHING APE」退任後も、ファッション業界で遺憾なく発揮され今日に至ります。そんなNIGOですが、デザイナーとしての顔とは別に音楽プロデューサーとしても活躍!
多数のミュージシャンと交流のある彼は2002年に4MC+1DJで構成される5人組のヒップホップグループ「TERIYAKI BOYZ」としての活動を開始しました。
メンバーはMCのILMARI(イルマリ)、RYO-Z(リョージ)、VERBAL(ヴァーバル)、WISE(ワイズ)、そしてDJのNIGO。当初は2005年(酉年)限定での活動予定と発表されていましたが、その後も新曲を発売するなど活動を続けています。

日本人HIP HOPアーティストとして初めてNYのセントラルークでライブパフォーマンスを披露するなど、世界的にも活躍するTERIYAKI BOYZですが、彼らの楽曲にはKanye West、CHRIS BROWN、Just Blaze、Jermaine Dupri、Mark Ronson、DJ SHADOWなど海外の有名プロデューサーやミュージシャンが多く参加しています。
この錚々たるメンバーがNIGOの呼びかけによりアルバムに制作協力し、2005年11月に発売されたのが1stアルバム”BEEF or CHICKEN”。
世界を相手に戦う海外メンバーとのコラボレーションはハードルが高かったそうですが、NIGOは「日本人でもこういうことができるようになった、と示せた作品」と語っています。
そんなTERIYAKI BOYZの数ある楽曲の中でも映画「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」の劇中歌として使われた”Tokyo Drift”(YouTubeへリンク)は人気が高く、Youtubeの再生回数が4億回を超えるほど。
ファッションデザイナー、音楽プロデューサー、そして起業家として多才な才能を持つNIGOですが、現在も意欲的に新しいラインナップの制作に取り組んでいます。今後どのような活動をしていくのかがとても楽しみです!
ゼンマーケットでは、NIGOデザインの商品や関連商品など、日本で販売されているBAPEのアイテムを海外から購入することができます。ぜひ、あなたのお気に入りの一点を見つけてください。
日本のファッションアイテムを購入する